日記「秋刀魚の伏兵線」

主にこちら;note @iwaqumo

2026/06/07(日)の日記

ジモティーで冷蔵庫を譲った人がやってきた。優しい人で安心した。見知らぬ男の人を自宅に招き入れるなんて、自分が女性だったらたまったもんじゃないし、相手の心中を察すると招き入れたくもない。冷蔵庫の搬出まで手伝ってもらって、キッチン周りがすっきりした。跡地に置くラックなり棚なりを探さなければ!

外出の予定もなく、自宅で濱口竜介『親密さ』をだらだら観た。WOWOWやザ・シネマといったCS放送の録画という手段は軽んじられている。これからどんどんパッケージの生産が衰えていき、配信というプラットフォームもU-NEXT一強の時代に10年単位で存続するとは思えない。ユーザーの環境次第で物理的に保存することが可能なテレビ放送というのは、見落としがちながらもしっかりと役割がある。まあ、テレビで映画を観る体験自体、配信よりも先に盛衰を迎え、向こう数年で追いやられるのだろう。そうなったら録画したいような番組自体が放送されなくなるのだ。

それはそうと『親密さ』を観て、『王国 あるいはその家について』で濱口が「やりたいことを先にやられた」とコメントを寄稿したその意図の端緒をつかめた気がした。たしかにドキュメンタリー(『親密さ』においては舞台上の本番)とフィクションの往来によって浮き上がる言語と身体というテーマは、2作品ともそっくりだ。映画評論における身体性という言葉、分かるようで分からない。いつも確信が持てないまま使用しています。

この日は夜から杉並区民の決起集会が開かれた。『映画 ◯月◯日、区長になる女。』を観てから岸本さんはわたしが住む自治体の長にふさわしい政治家だと認識している。わたしは自宅で集会の様子を追っていたが、思いのほか年配の方が多く参加されていたようで、なんだか安心した。どうしても自民の支持層は高齢者だという先入観があった。最近の自民党の体たらくがどう市井に映っているのかが明らかになる、日本の民主主義の試金石となる区長選になるだろう。

スコップコロッケを発明した人はすごい。油を使わずしてコロッケが作れてしまう。日曜から水曜まで毎日夕食をこれで済ませた。

『かぐや姫の物語』を観た。公開当初は、妙に顎のとんがった帝がインターネットのおもちゃとしていじくりまわされていたことくらいしか記憶がない。ただ、昨年か2年ほど前か忘れてしまったが、自死によって今は亡くなった(違っていたら申し訳ない)かたが寄せた映画評を読んだときの昂ぶりは覚えている。そう、これは現代女性の物語でもあるのだ。そして、今を生きる男性の物語でもある。帝の言動を自分に重ねられるのかどうか。女性を所有物として扱いながらも、「気を悪くしたのなら悪かった(うろ覚え)」という、いかにも男性的なセリフには鳥肌がたった。「私がこうすることで喜ばぬ女はいなかった」は突き抜けすぎていてもはやフィクションのセリフなんだが、加害的な行為をしておいて、「申し訳ないと思っている」で逃げられると思っているマインドがとても気色悪いのだ。帝の圧倒的な家父長制のすべてを内面化していないかどうか、それを検証して自省する責任を感じながら鑑賞した。

2026/06/06(土)の日記

使わなくなった自転車を粗大ゴミで捨てるための申込を済ませ、その勢いのままジモティーで余っている冷蔵庫を捌いた。

ジモティーを利用するのは初めてで、基本的には無料でモノの譲り合いをするサービスなのかと思っていた。しっかりと金額を設定して売買がおこなえるらしい。比較的新しい冷蔵庫を無料で譲る投稿をしたら、瞬く間にメッセージが届いて驚いた。一番早く送ってきた人と受け渡しの段取りを決めた。男女や業者など様々なアカウントからメッセージが届いたが、女性が見ず知らずの男性の住所に赴き(逆もまた然り)、物品の受け渡しがなされるというおそろしい事実。取引するアカウントを選り好みする男もいるんだろうなあと邪推した。

しっかりと昼寝をして、新宿へ。そういえば彼女がずっと前に言っていた、「大塚芳忠の声にそっくりな車掌」のアナウンスを聞くことができた。めちゃくちゃそっくりじゃん。バンキシャよりは落ち着いていて、ダウナーな敵キャラという印象だ。車掌さん本人も意識しているに違いない。それくらい、声質のみならず話し方も似ていた。

文芸誌『GOAT』を購入。やっと買ったぜ! 前から気になってはいたんだが、ダ・ヴィンチ・恐山の自炊記事が読みたくて購入した。まだ全体の1/3くらいだが、この雑誌はバックナンバーも揃えたい。かなり好みだ。『ゴリラの森、言葉の海』でゴリラの深い世界へ導いてくれた山極壽一氏の記事もあり、なんという僥倖!

新宿で『スカーフェイス』の4K版上映へ。明らかに制作費用を捻出できなかったと思われる字幕のフォントやデザインなのがやや残念だった。国内の上映権が失効間際ということで釣られてしまったが、配信には残り続けるのかな? これくらいの有名作品だったら、配信権もろとも切れたとしても、すぐにまた誰かが買うだろうよ。

自宅近くの大きな交差点で信号待ちをしていたら、道路に面した空きテナントの軒先にハクビシンの赤ちゃんがいた。かわいかった・・。人通りも激しいし、ちょっと横断したらすぐ車道で、車通りも激しい。横断歩道が青信号になっても心配でしばらく見守っていた。できれば抱き上げて安全な茂みなどに戻してやりたかったが、ハクビシンは野生動物のなかでも感染症をキャリーしているという印象が強いので、下手に触らないほうがいいんだろうなと苦渋の決断をし、祈りながらその子のもとを離れた。無事かな・・。

帰宅して『夏物語』。ロメールの四季の物語をここ最近観ている。これはこれまでで一番官能的なものを感じた。まずわたしが恋愛において重要視しているのがその場限りのロマンスではなく友情の延長線上にあるような関係なので、マルゴとの関係が少しずつ恋愛に変化していく様子がエロティックだった。自分の身に起こったらたまったもんじゃないので、こういう恋愛をしたいという願望はない。

2026/06/05(金)の日記

『思い出のマーニー』を読了。いやあいいですね。映画で言うところの『アフターサン』・・いや違うか。祖母の記憶にまつわるファンタジー、主人公のアンナが愛情を獲得するまでのお話。獲得というか、すぐそこにある愛情が見えなかったアンナが、富豪の家族の手助けを借りることで愛情に気づくことができたという話か。それも祖母・マーニーの辛い過去との接続によって果たされ、リンジー家との出会いの前後でアンナが前進できたのはマーニーの記憶のおかげだった・・という流れ。児童文学にしてはかなり複雑かつ幻想的だ。ジブリの映画も観たいと思い調べたら、そういえばアニメ映画はなぜか日本人が主人公になっている。たしか自宅のどこかにDVDか録画の落としがあったはず・・。早く観たい。原作小説の最後の駆け抜けるような爽快感にあてられ、電車を降りてホームの待合室に居残って読んだ。

朝、電車でマーニーをキリのいいところまで読み進めて乗り換え。すると途端に腹痛に襲われた。乗り換えてから1駅なので、会社で済ませてしまえばいい。そう思って駅のトイレを通り過ぎ、徒歩数分の職場まで歩みを進めた。しかし改札を抜けたところくらいから痛みが急加速し、立っていられないくらいの腹痛に大きな玉のような脂汗が滲んだ。

何度か歩みを止めて道路の脇で休憩しながら職場のほうに向かうが、痛みは毎秒増していった。もうどうにも我慢ができなくなり、建物の物陰に隠れ、うずくまった。本当に一生忘れられない体験をしたのでこの辺の詳細は伏せる。

痛みが去ったので、目と鼻の先にあったトイレに避難。汚れてしまったものを綺麗にし、コンビニで替えの下着や除菌シートを購入。再びお手洗いに籠り、心も体もきれいにして出社した。午前中は会議続きだったが、自分から発せられているかもしれないという疑念に苛まれて居心地が悪かった。お昼休みにさらに服などを補充し、すべてリフレッシュして午後の勤務に当たった。

普段からお腹は弱い。それを十二分に自覚しているから、辛いものを避けたり、少しでも臭いがおかしい食材があればすぐに捨てたりしている。そして毎朝かならずお手洗いを済ませてから出かけるようにしている。細心の注意を払ってこれまで生活していたのに、この日は何かがおかしかった。何が原因だったのかも分からない。前日に食べたラーメンが悪かったか? そうだとすると、その日のうちか、深夜には腹痛に見舞われていたはずだ。朝ご飯が悪かったとも考えにくい。心の状態も含めて、いたって健康体だったに違いないし、何者かに『キック・アス』の下痢便光線を浴びせられたのかもしれない。

ともかく、ここ10年で最も恐ろしい体験をした。事後処理は時間とお金と場所があればなんとかなる。れっきとした体調不良なので、仕事の予定をキャンセルすることくらいたやすい。しかし、わたしが腹痛にうずくまってしまったのは、駅から職場のオフィスビルまでの通勤経路のど真ん中だ。ちょうど死角になる物陰が近くにあったから避難できたものの、人が一直線に同じ方向に進む時間帯ではなかったら、四方八方に行き交う人々に遮られていたかもしれない。あるいは、職場の知り合いが声でもかけてこようものなら、わたしは今の職場では働けなくなるほどの恥をかき、相手にショックを与えたことだろう。そう考えると、起きてしまった事故のことが忘れられないというより、真の意味で破滅がすぐ隣に迫っていた当時の状況におののくばかりだ。あの数分間のエントロピーがちょっとでも揺らいでいたら、わたしは職を失っていたかもしれない。

この件を彼女に報告できるようになるまではまだ時間がかかりそうだ。というかそんな告白をされて、相手はどう反応するのだろう。墓まで持っていってもいいかもな。1週間ほど経ったいまでも思い出すだけで恐怖の感覚が生々しく蘇る。傷はまだ癒えていない。

今回の件を機に買った無印良品のパンツがものすごく快適で、これもまた巡り合わせかもしれない。縁(えにし)。

大事件に見舞われたにも関わらず、飄々と仕事を続けた。誰も私の身に起きたことなんて思いつきもしていないだろう。それは当然か。しかしわたしはこれから、街中や職場で不審な挙動をしている人物や、明らかに体調が悪そうな表情を浮かべているひとがいたら、その可能性を想像してしまう。いや、想像できる。想像することによって、優しくなれる。他人に優しくなるには、まずは自分の弱さを知ることから始まるのだ。

夜、吉本ばななの記事を購入して読んだ。面白かったが、途中まではふつうのフィクションのつもりで読んでいた。記事の売り上げが姉の治療費に充てられることが最後に明かされ、いい意味でしてやられたと思った。自分のことを「国民的な小説家」と紹介していたのは面白かった。そもそも吉本ばななの実姉が漫画家だなんて知りませんでした。彼女のファンは、もっと壮絶な読書(?)体験になったのだろうか。あれくらいの分量だったらPCで読んでもストレスはあまりなかったな。

とんでもない日だった、と思いながら帰宅して何事もなかったかのように家事を済ませ、一方で頭の3割くらいを占める最悪で衝撃的な体験をひとごとのように反芻しながら寝た。

2026/06/04(木)の日記

日中はあまり覚えてない。なんか会議とかがあった。

退勤して最寄りの映画館で『ジャグラー ニューヨーク25時』。めっちゃくちゃ面白かった。人違いによって誘拐された娘を取り返すために奔走するという、あらすじだけ見れば陳腐な作風に思えるのに、馬鹿正直にすべてを全力で映すという力技に圧倒された。原動力の愛と憎しみ、協力する市民と邪魔をする公権力。最低限の要素だけ揃えて必要な分だけ状況を説明したら、あとはひたすらアクションに走るだけ。すばらしい。

まあ犯人がどうしようもない異常な小児性愛者、というのは蛇足だったと思うけど。ふつうに地元を資本主義に破壊された哀れな男、でよくない? 小児性愛が発現したのなら、こっぴどく懲らしめてほしかった。犯人への制裁が足りなかったのが唯一の不満点かもしれない。それを加味してもめちゃくちゃおもしろかったけど。平日の最終回にも関わらず客席はそこそこ埋まっていた。

劇場近くのラーメン屋で夕食を済ませて帰宅。よくない意味で汚い店なのに、油断すると入ってしまう・・。というかこの駅に遅くまでやっている飲食店が少ないのが問題なのだが。

2026/06/03(水)の日記

台風の日だったので在宅で仕事。午前中から午後にかけては大したことはないとたかを括っていたが、夕方?15時ごろ?になってものすごい暴風雨で、区内の川にも警報が発令された。そもそもサイレンの音で起きた。窓も開かないくらいに風が強かったが、肌寒いくらいの気温がありがたかった。

特段その日のうちに終わらせなければならない仕事はなかったので、適当に映画を観ながらデイリーの仕事を潰した。

『俺たちに明日はない』わたしは映画史を勉強したわけでもそもそも映画を学問として学んだこともないので、歴史的に重要な作品との出会いにそこまで心が踊らない。50年前だろうが今年の作品だろうが、おもしろいほうが好き。『暗黒街の弾痕』の終わり方の方が好きだな。それはそれとして蜂の巣のエンディングはたしかにショッキングだ。犯罪者の逃避行と恋愛模様に感情移入できたためしがないので、ただただうお〜すげ〜という気持ちで見ており、切なさややるせなさは分からなかった・・・。ただ、低所得者階級のギリギリの生活を代弁し、国や政府に銃を突きつけるダークヒーローなのはおもしろい。

『冬物語』なんだかんだこれでロメールは7作見たことになるが、今の所一番好みだ。あんまり途中の会話を熱心に理解する必要はないと思っているので、「ハッピーエンドでなにより♡」くらいの感想しかない。あとは前半に登場した美容院経営のジジイがあまりにもきしょくて見るに耐えなかった。かといって哲学おじさんが対照的に見えるかと言われればそんなことは全くなく、結局は最初に愛した彼との出会いが正解だったのだ。そういう映画としての正解をうまーく日常に擬態させて敷かれていて、気づいたら正解というエンディングに辿り着く、それがロメールのすごいところだ。それはそうとして避妊しろや。

『トリコロールの青』実はキェシロフスキ初見でござんした。謎の直感が働いて観る気になれない監督が何人かいて、この人もそう。まああまりにもエッセンシャルな監督なので、そもそも観てないこと自体が信じられないのだが・・。この時代のジュリエット・ビノシュの翳りが相変わらずスクリーンに映える。落ちぶれてしまった主人公を演じさせたら右に出るものはいない。主人公がゴーストライティングしていた欧州統一のテーマソングにまつわる愛の話。仕事仲間の男性がきしょかった。フランス映画の男はいつ何を見ても基本的にきしょい。感想を書くのがある程度うまくなってきた今でも、フランス映画には深掘りする気力すら起きないただのきしょい男ばかりだ。だから女性が輝いているように見えるのか・・? あまり解き明かすモチベーションが湧いてこないフランス映画の謎である。終始『ポトフ 美食家と料理人』のことを思い出しながら見ていた。また見たいな・・。

2026/06/02(火)の日記

職場に千葉の奥のほうから通勤している人がいる。台風だと電車が止まると憂いていた。隣にいた人が、千葉といえばピーナッツ、という意味で「ピーナッツ好き」と言っていた。わたしは真顔で「千葉で有名なのは落花生ですよ」と言ったが、その場の空気が凍りついた音が聞こえた。みんなの顔が引き攣っていた。わたしはピーナッツと落花生が同じものだということを知らなかったのだ。さすがにその事実が初耳だとは思わないけど、おそらく記憶のなかから抹消されてしまったんだろう。天然では済まされないというか、これは度を超えたミスらしいというのが周りの反応から伝わってきた。いやあ、めちゃくちゃに笑ってくれればよかったんだが、みんなが目を見開いてわたしのほうを見つめたあの瞬間、本当に怖かった。

台風が接近していたが、それと同時に会社へ犯行予告が送られてきていたらしい。複数の企業にランダムに送られてきたものらしいので、はなから信憑性なんでものは信じていなかった。問題は、たとえ絶対に起こらないことだと全員が理解していても、会社としては従業員の安全を確保するそぶりを見せるべきだということで、それがうちの会社にはなさそうということ。上司が関係部署に強めに言ったらしく、在宅で仕事できるならそうしてね、という案内が出された。可能な限り、とか甘いことを言ってんじゃねえと思っていたら、後送されてきたメールで在宅勤務を強く推奨された。まったく。

そういえば千葉から通勤しているという人に市原ぞうの国の話をした。「ゾウにお金を渡すと、ぬいぐるみを渡してくれて、写真も撮れて・・」と鼻息を荒くして楽しかったことを話してしまった。相手はなんだか困惑しているような表情だった。普段わたしの口数が少ないからだと思うけれど、もっと元気で社交的だったころの自分なら、もう少し上手にそのエピソードを話せていたと思う。押すところと引くところの判断力がものすごく鈍ってしまっている。「ゾウさん」て・・。ゾウにさん付けする人が職場にいたら嬉しくないですか?

帰宅してカレーを作った。久しぶりにプライベートブランド「eatime」のルーを使用した。やっぱり抜群においしい。

2026/06/01(月)の日記

仕事。

大きな商談が重なっており、担当と会ったり電話したり、せわしない日だった。大きく進展して安堵したかと思えば、金曜日になって話した内容がひっくり返ったりした。それでもこの日は色々な仕事を進めることができた。

小松菜を刻み、豚肉と合わせて酒蒸しにした。塩や鶏ガラだけで味付けをしてなんでも酒蒸しにしてしまう。長谷川あかりのレシピを毎日作っていたら、まっさきに会得したアレンジ方法がこれになった。