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『岬の兄妹』という傑作映画を観て深い闇の中へ沈んだ その呻吟

『岬の兄妹』という映画を観ました。

想像をはるかに超える負のエネルギーに押し潰されてしまいました。紹介も兼ねてはいるけど、僕の内側から湧き上がり喉の奥で凝固した真っ黒いものを溶かしたいです。言葉にすることで放出させます。 

 

まずはおすすめかどうか、

についてですが、もちろん暗い映画が苦手な人は見ない方がいいと思います。

あらすじはこちら。

港町、仕事を干され生活に困った兄は、自閉症の妹が町の男に体を許し金銭を受け取っていたこと を知る。罪の意識を持ちつつも互いの生活のため妹へ売春の斡旋をし始める兄だったが、今まで理解のしようもなかった妹の本当の喜びや悲しみに触れ、戸惑う日々を送る。そんな時、妹の心と体にも変化が起き始めていた…。ふたりぼっちになった障碍を持つ兄妹が、犯罪に手を染めたことから人生が動きだす。地方都市の暗 部に切り込み、家族の本質を問う、心震わす衝撃作。

 

カタルシスはないと思っていい

言わずもがなではありますが、この映画は『万引き家族』のような商業的ヒット要素はないと思う。どちらも似たジャンル・テーマの作品だけれど、表向き・内向きという点で正反対のもの。多少の箸休めはあるものの、圧倒的な引力によって暗部へと引きずり込まれます。上映後も心が真っ黒のまま。『岬の兄妹』はそんな映画です。

 

②"サブカル"  "アングラ"とも程遠い

それと、ミニシアター系の邦画だからとりあえず見たい、という大学生的な興味ともあまりマッチしないような気がする。ヘラヘラして見てしまうと、せっかくの負荷が不快感へと繋がってしまう可能性がある。この映画を見たからといって、あなたが人に見せたいライブラリーが輝くかと言われると、そうでもない。溜まった黒ずみは孤独に消化するしかない。共有には向かないかな。

 

でも見てほしい。

『岬の兄妹』が埋もれてしまったら、この作品の持つ深淵な闇がどこにも見つからなくなってしまう。犯罪・性・障碍・貧困…など、その闇は遠い世界のものではないのだ。『万引き家族』には見られなかった強力なリアリティを携えているからこそ、多くの人に触れられてほしいし、真に評価されるべきだと思う。

 

ここからは独りよがりのレビューです。

今回は本気で書きます。

 

兄妹の演技が

あまりにも上手だった。

 

和田光紗さんは本当に優れた女優さんなのだろう。上映中何度も心が痛んだ。最低まで堕落した生活と、その状況に気付けないまま、兄の苦し紛れの愚策に乗る純粋な妹。実際の症状については不勉強ゆえわからないけれども、あの独特な発語や視線が定まらない感じ、現実世界での自閉症患者と寸分もイメージは違わなかった。

 

だからこそ心が痛んだ。フィクション由来のものではなく、和田さん演じる真理子が「真理子そのもの」だったから。セックスによって彼女の心が満たされていたことや、言葉に出すことはないけれども兄や母を慕っていたこと、表面上からは伝わらないそうした閉ざされた思いを1人の人間からまじまじと突き付けられた。

自閉症だからといって、感性や為人は崩壊していなかったんだ。真理子は「おしごと」によって愛を感じていたし、正しく妹を救ってあげられない兄に寄り添えた。愛する青年の自宅の前で何かを悟り慟哭するシーンも、大事にしてきた貯金箱を兄に差し出すシーンも、演技されていることを全く感じさせない「真理子」がそこにいて、それはこの映画に欠かせない無類の強さだと思う。 

 

もちろん和田光紗さんだけではない。

兄役・松浦祐也さんからも、思考はしっかりしているのに身体的障壁を越えられない苦しさが伝わってきた。状況を理解できない真理子とはまた違って、良夫はもう後がないことは分かっていた。分かっていながらも妹の援交を斡旋し、彼女の身篭った子を殺めようとした。その苦悩は到底想像もできない。想像できないからこそ、「良夫として」の苦悩を松浦さんは僕らに演じてみせたのだ。

 

妹・真理子が目に見えないほどの微かなポジティブを僕らに伝えてくれたのならば、兄・良夫は目の前に広がる深い闇の中を、僕らの先頭に立って進んでいたように思える。

兄妹を演じた2人の知名度は高いとはいえない。それも功を奏したのか、兄妹はそれぞれ 良夫・真理子 という人間そのものだった。役者や演技がそこに介入していた瞬間はなかったな。だから生々しかったんだ。

 

「性」「障碍」は忌避されるべきか

包み隠さずに言いますが、真理子が色んな男性とおしごとしていたシーン、僕はとてもゾクゾクしました。

その理由は真理子が幸せそうに見えたから、だと思います。単にAVを見ているときの性的興奮ではなく、「この女性からは幸せな気持ちが感じ取れる」という、心理的な興奮に近いかもしれない。もしくは感動ポルノとも繋がるかもしれないけれど、「怖いもの見たさ」や「好奇心」といった理由だってあるだろう。とにかくこの映画を語る上で、というか真理子を少しでも理解するためには 性 は最重要のテーマだ。

だがしかし、当然セックスはR指定付くし、障碍者だってなんか忌避される。万人ウケするわけもなく。特に女性は不快に思う人の方が多いのだろうか。男性にとっても障碍持ちの肉親がすぐそばでセックスをしている という事実は心地よいものではない。実際不快なシーンはたくさんあった。

 

だからといってこの映画が忌避される理由にはなってほしくない。

この映画を語る上で「障碍者貧困層の実情を知るためにはリアルを描く必要があって〜」みたいな社会派の意見はわりと僕にはどうでもいい。ただ劇中の真理子という女性を深く知るためにはセックスシーンが必要だったのだ。で、青年がなぜ真理子に好意を寄せたのか、その理由も障碍にあって、結果的に真理子が知る愛へと繋がる。

 

要するにこの作品の「性」と「障碍」は、ひとつの物語もしくはフィクションを最大限に楽しむための要素です。となると、日本に潜む闇を暴く!!知られざる実情を伝える!みたいなドキュメンタリー的映画でもない。なかなかこういう分析は野暮だけれど、この映画の魅力(のひとつ)は真理子の心理状態や良夫の苦悩を肌で感じること。「問題作」みたいな評され方は、少し違うかと。社会的な見方ももちろんあるだろうけれど、もっと生々しい人間ドラマだと僕は思った。

 

だから性も障碍もガンガン出すべき。それらが嫌いでも見るべき。不快で苦いものを直視してはじめて、兄妹の痛みと喜びが見えてくるんだ。日本社会の実情なんかはどうでもいい。ただただ2人の歩む道にスポットが当てられるミクロな映画だ。

 

賞とかなんとか

はあまり詳しくありません。

色々な人に見てほしいけれど、大々的に話題になってほしくはない。軽々しく見てほしくない。複雑。

評価の語彙が少なくてすみませんが、本当に良い映画だった。映画も質量や密度を数値で表せればいいのにね。重厚で濃密で、どこまでも沈んでしまう作品。大っぴらに感想を言うのはどこかもったいないというか、『岬の兄妹』は大事に言葉にしたい。

 

僕はこの映画を 賞を取ってほしい みたいな思いから紹介はしていなくて、ただ埋もれて欲しくないだけ。こんなに良い映画があるんだ、というのをちょっと伝えたいだけなのだ・・・

 

とはいえ、当初の目的からだいぶ逸れてしまったな。言語化することで喉のつっかえは純度の高い黒ずみへ変わり心の底に沈潜しています。二度と消えませんし、いつでも言葉に換えられます。

 

ラストシーン

兄の呼びかけには応えず、聞き慣れた 「おしごと」の電話の音に振り向く。真理子にとっての悦びは何だったのか気付いた途端  鼓動は重く、そして息遣いは荒くなった。そこから先はどこまでも黒く深い世界が広がる「岬」、あのシーンが目に焼き付いて消えない。

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この映画を観られて良かったです。では。