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漫画『血の轍』 読んでいる人も読んでいない人も、そのすべてを啜ってほしい

押見修造作・『血の轍』。

2018年度最高傑作です。今のところ。

 

血の轍(4) (ビッグコミックス)

血の轍(4) (ビッグコミックス)

 

 

ストーリーもさることながら、今夏公開の映画『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』とのシナジーを考えると、押見修造という作家への畏怖の念を感じる。すさまじい作品です。読みましょう。

 

青春ホラーヒューマンドキュメンタリー作品でいいかな

『血の轍』、小難しいタイトルだけど、「血」とはブラッドではなく「血縁」のこと。そういった意味で特に残酷なシーンはないが、感情を不気味に撫でられる恐ろしさに襲われる。この記事を見てくれている方の既読・未読に関わらず、自分なりに注目してほしい点をまとめたでござるよ。

 

  • 青春

押見修造作品といえば青春ものでしょう。

100のうち甘酸っぱさが占めるのは10くらいで、残り90は強烈な苦味とえぐみ。しかし10の甘酸っぱさの密度が濃いため、不気味な作風でもいっときの安心感・日常感という休息を得られる。まあ安堵させてから突き落とすのだけど。

『血の轍』においても、ヒロイン吹石さんが現段階では静一のみならず読者までも救済する役割を果たす天使である。4巻、吹石さんあの反応。あれは焼け野原に咲く花です。

4巻は青春成分がとても多かった。物語のターニングポイントなるような静一の心情の変化、その一番の要因が吹石さん、というのは言うまでもない。むしろここから真の物語が始まるのだと思う。

 

そして吹石さんのその青春的救済があるからこそ、巨悪のママに対して為すすべのない展開に心が揺さぶられるし、「反抗」という形で4巻が新たな物語へと進めるのである。

青春の敵からの逃避、というのは押見先生の好きな展開なのだろうか。『悪の華』でもそういうシーンがあったのを覚えている。(最後の方あまり覚えてないけど、、、)

まあ『志乃ちゃん』はその限りではないな。『ぼくは麻里の中』『ハピネス』を未読なのが悔しい。

 

  • ホラー

アニメ化するなよ、絶対。

この作品はモノクロの陰影によって心情や緊迫感を演出していると思うんだけど、たとえば瞳の描写。28話冒頭 ママの尋問シーンをはじめ、心を見透かすママの眼差しには思わず釘付けになり心拍数が上がっていく。

 

『血の轍』は人物の表情、特に「目線」の演出が素晴らしい。急に静一目線に移り、ママから対面で見つめられるシーンの緊張感、あれはあまりにも視線から放たれるママの疑念が重すぎて、次のコマへと進むのに時間がかかる。点と線の歪みによる心情の揺らぎなどなど、単純に漫画的表現が優れているのはもう説明不要だと思うが、特筆すべき。

 

そしてなんといっても題材が「歪んだ親子愛」であるこの作品、ホラーという観点から語ると、やっぱりほかの漫画より拒絶度が高い。血縁関係に恐怖が迫るタイプのホラーは、どこか本能的に不快だし遠ざけたくなるものなんだと思う。近親相姦に対し条件反射的に顔が歪むのと同じで、程度の差しかないのだと思うし、『血の轍』の恐怖の源はそれだろう。全くグロくない上に突然ウオアアア!みたいな展開もない、でもジワジワ母親の血と毒に侵されていく、っていうのが本当に不気味。

 

  • ヒューマン

ずっと思ってたけどヒューマンドラマのヒューマンってなんなんだろう。人間が登場すれば全部それじゃねえか。

『血の轍』、やはり日常に潜む狂気という点で、その陳腐な日常性の気持ち悪さを描くのがうまい。特にママ・静一・吹石さんを除く親戚や学校の人々というのは、ママを取り巻く空気がいかに淀んでいて息の詰まるものかを際立たせる対照的存在であり、静一の悩みの種を成長させる光・潤いなのだ。だから取るに足らない仲良し同級生の「中2にもなって母親と2人で!」というセリフに対しても静一の悩みの種は痛みを伴う過剰な成長をしてしまう。

恐怖とはまた別次元の、静一の心情を追っていくのも本線の一つ。それこそ恋も含まれているし、吹石さんのみならずパパ・親戚・先生/友人に対する静一の機微も魅力的で、彼の表情と併せて細かく読み取っていきたい。なんといっても4巻で言葉をすんなりと話す静一の姿にハッとした読者も多いはず。

 

  • ドキュメンタリー

志乃ちゃんは自分の名前が言えない』をこの前読んだけど、あとがきで押見修造先生は自身が吃音持ちだということを明かしていた。だからこそのリアリティが生まれるんだなあ、と当たり前ながらも感心しちゃったんだけど、まさかその経験を『血の轍』で負のエネルギーとして利用するとは。

吃音に関する押見先生の見解はぜひ『志乃ちゃんは』を買って読んでほしいんだけど、やはりネガティブな視線や空気に飲まれてしまうと言葉が出なくなるらしい。『血の轍』で静一が言葉に詰まるときの焦燥感をあそこまで秀逸に演出できるのは押見先生の生来的な経験が由来なのだろう。

ちなみに『志乃ちゃん』は最後の最後に巨大なカタルシスが用意されていて、後味爽やかな上に感動的な良い話です。感動ポルノのように媚びが全くなく、ストレートで読みやすい。1巻完結なのでぜひ。僕は映画を見逃してしまったのだけど、評判めちゃめちゃ良いですよね。見たい!

 

100%のフィクションではなく、リアリティに混在するホラー。物語そのものの説得力がここまですさまじいのは、人として/漫画家としての押見修造先生のすべてが注がれているからだろう。

 

もう50万部売れてるらしい、

漫画好きの人にはもう説明不要かもしれぬな。

が、何かの縁でここに辿り着いた方にははぜひ読んでほしいなあ。つまらなかったらワシが返金したる。2017年度は「月曜日の友達」が傑作だったけど、今年度は今のところ『血の轍』。次点で『とんがり帽子のアトリエ』とか、、。

 

ともかく

漫画っていうのは楽しくて面白い、という前向きなものだけではない。『血の轍』を構成するすべてを見て感じてほしいし、漫画らしからぬ重厚感のある読み応えを保証します。以上!

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1話無料おためし。